蒼夏の螺旋 “熱中症注意報”

 


記録的な猛暑に襲われた今年の日本は、
地方によっては雨続きで土砂災害にも襲われの、
また、西の方では、
盆を過ぎてもなかなか暑さが引かぬままの酷暑が続きので、
いつ“亜熱帯宣言”してもいいんじゃないかと思われたほどの夏であり。
そしてそして、今年ほど熱中症患者が出た年もなく。
ちょっと前だと、
インド辺りでは摂氏40度もの高い気温を記録し、
熱中症で亡くなる人も多く…などと、
よその話として耳にしていたそれを。
よもや自国で、
それも家にいて倒れた人続出となっての、対処にあたろうとはと、
お医者せんせい方も さぞかし驚かれたことだろて。

 「暑さからだるいだけ、
  ただの夏ばてだと油断している若い人だって危ないのだよ?」

熱中症は、熱に侵されたそのときに どんと発症するものばかりじゃあない。
それによる自律神経の乱れが影響し、
他臓器不全を起こすから怖いのであって。
なに? 漢字で言われても分かりにくい?
だからつまり、う〜んと。
内臓がな?
その機能を落としたりもする症状を併発するのが怖いのだ。
例えば、単なる食欲不振ではなく、
胃も腸も働きが鈍くなっていたら?
ただ弱まってるだけなら養生すれば直りもしようが、
それよりひどく鈍っていての、
消化吸収という機能が止まっていたら?
他の部位が頑丈なもんで
外への症状がなかなか出ないことも相俟って、
気づくのが遅れて、倒れたときには凄まじい重篤状態でしたと、
そういう場合が若い人にはありがちだから、そっちも怖いぞ?

  …………という、

この夏に限って緊急に行われた“熱中症対策説明会”にて、
重々気をつけるようにとのお達しが出たせいもあってだろう。
本人は頑健だからと、
現に体調にも全く変化はなかったし、
それより何より、
やれ水分補給や休養に努めろ、
やれ無理や無茶はするな、
学生時代ほどの体力じゃないんだぞ…と、
やんやと煩く説教してくれた、
可愛らしいナビ、もとえセコンド、いやいや、
愛する伴侶様がいて下さったので。
面倒だの俺は大丈夫だのと言ってのズボラもせずに、
寝る前や出掛ける前の水から、
今の時期だけは塩分も採ることとか、
冷房に当たったら体を動かして血流も動かしてやれとか。
知識どまりにしないで、
実際に自分へも当てはめてきっちり心掛けたお陰様、
やっとカレンダーが次の月、
満月やススキの挿絵で飾られた九月を目の前にしても、
どこにも異状は無いままに過ごせた、ロロノア・ゾロさんだったもんで。

 “何もしなくても同じだったかも知れんが、それでもな。”

欠片ほどでも苦行とか暑すぎとか、
恨めしく思うまでの大変だとは思わなんだから、
そこはやっぱり効果覿面だったということだろうし。

 『それって、
  暑い暑いって死にそうになってる仲間の人から恨まれたかもな。』

何でお前はそんな涼しい顔してんだとか、
この暑さが判らない奴とは話が合わない…なんて言われたろ?と。
ケタケタと笑っていた奥様自身も、
それはそれはお元気印満開で、
プールだサッカーだ、キャンプだ海だ、と。
ゾロとのお出掛けは勿論のこと、
PC教室の子供たちを率いてのレクリエーションキャンプや、
サッカーのジュニアクラブの面々との合宿と称した海旅行とか、
にぎやかなお出掛けもたんと堪能したらしく。

 “子供ってのはそういやあ、いつの時代も元気だよなぁ。”

今時の子はまた別なのかな。
子供なのに生活習慣病だの、肩凝りがひどいだのって子もいると聞くから、
全部が全部、かつてほど全開で元気ってこともないのか、
あるいはそれとも、今なりの苛酷さに勝てるほど強いのか。
ああでも移動は車や電車が主体で、
炎天下を歩いてかなきゃプールに行けないとか、
そういう子は少ない時代でもあるか……などなどと。
すぐ傍らを、
ビニールの透明なバッグを振り振り駆けてった子供とすれ違いつつ、
感慨深くもそんなことを思っての、帰宅中だった旦那様。
いつもの乗換駅から“帰るコール”も済ませての、
のんびりとした帰宅だったが、

 「? どした?」
 「え? あ、こんにちは。」

ちょうど正面からやって来た人影が、
やたら小首を傾げていたので、
顔見知りだったこともあり、ついつい声を掛けていた。
ふんわりした毛並みも品のいい、
シェルティーのリードを引いていた彼は、
風間くんといって、
ルフィのみならず、時にはゾロまでお世話になっている、
それはしっかりした小学生で。
ルフィが講師として勤めるPC教室の生徒さんでもあるし、
何より、同じマンションの住人でもあり。
ゾロに懐いているわんこのチョビくんが、
ふさふさのお尻尾を千切れんばかりに振っているのへ、
少し腰をかがめ、よーしよしと撫でてやりつつ訊いたところが、

 「えと、いえ。大したことじゃあないんですが。」

リードを持つ手と反対の手に、クラフト紙の袋を持っていた彼であり。

 「さっきそこで、E棟の○○さんに逢ったんですよね。」

何でも、風間くんのお母さんとはお菓子作り仲間の奥さんで、
特に蒸しパンは絶品なので、
作り過ぎたと言っておすそ分けくださるのが、
それは楽しみなんだけれど。

 「ルフィさんにもって預かったの、
  さっきお家まで持ってったんですが。」

 『あ〜えと、美味しそうだけど、あのその、うん。』

遠慮しとくって言われたんですよね。
失礼ながら、あのルフィさんが、それも、
美味しいってことは重々御存知の蒸しパンを遠慮するなんて。

 「何か変だなぁって。
  ルフィさんでも食欲がない時ってあるのかなって。」

それで怪訝に思ったと、
率直に話してくれた風間くんだったのへ、

 「………確かにおかしい。」

ご亭主までもが真剣に眉をひそめるところが、
どういう把握をされてる奥様なやら。
教えてくれてありがとなと、
いいお声でお礼を一言、
そのまま姿勢を戻したかと思う間もなくの、
猛烈なダッシュをかけてた敏腕営業マン様。
マンションへと飛び込むと、階段を一気に駆け上がり、
到着した自宅前では、
チャイムを鳴らすのももどかしげに、
ポケットから掴み出した鍵を使ってドアを開け、

 「ルフィっ!」
 「わあ、びっくりしたっ。」

そろそろかなとは思ったけど、なんだよピンポンも押さないでと、
玄関からすぐのキッチンで、物音聞いてたらしき奥方が、
おいおいと眉をひそめておいで。

 「何だよって…。」

最近のお気に入り、
どこぞかの戦国武将の家紋を散らしたエプロンを着て、
コンロ前に立っている童顔の奥方、
これといってどこかおかしいという様子ではなく。
溌剌とした足取りで、食器棚やら冷蔵庫やらを往復しており。
ちょっとごめん、ああもう邪魔邪魔と、
しまいにゃ、よく冷えた缶ビールを手渡され、
あっちで待ってなと言われる始末。

 「いやあの、風間くんにさっき逢ったんだが。」
 「そうなんだ。」
 「○○さんトコの奥さんの蒸しパン。」
 「……あ、そうそう。」

何故だか断ったと聞いて、
それでのゾロのこの不審な態度らしいと。
ルフィの感覚の中でも事情がつながったか、
ありゃりゃあと途端に肩を落とした奥方が言うには、

 「…だってよ、凄んごい美味いんだもん。////////」

甘くてふっかふかで、空に浮いてる雲ってこんなかなって思うくらい。
そりゃもう上等絶品で、
特に出来立てを食べなきゃっていうやわらかさでサ。
ご飯の支度も放り出したくなるくらい美味いんで、
同じキッチンに置いとくのも、
同じフラットにあるのさえもきっと気になってしまうから。

 「それでなくとも腹減ってるし、
  こんなときに間近にあっちゃあマズいって思ってサ。」

あ、今の面白くね? 美味いのにマズいなんてさと、
やっぱりけらけらと笑った奥方、
どうやら暑さ負けから食欲がどうにかなった訳ではなかったようで。

 「〜〜〜〜〜〜〜。」
 「んん? どした?」
 「い〜や、何でもねぇ。」

けろりとしている無邪気な奥様へ、
まあ、それというのも、
自分への美味しい晩飯を作るのを優先したかったからだろしと、
何とか持ち直したらしき旦那様。
今日のご飯は鷄の甘辛焼きだぞ、
それとシシトウの炒めたのと春雨の酢の物と、
とき玉子のピリ辛中華スープに、
大根のキムチだぞと。
最近、このくらいのは平気となって来たらしい、
優しい辛さのメニューを言い並べるのへ、
そりゃあ美味しそうだと嬉しそうに微笑ってやって、

 “……そうそう風間くんへも言っとかないと。”

ああまで心配していただいたのだ、
早く安心させないと、
お散歩も上の空になりかねぬ。
何をやってもびっくり箱な、
相変わらずの奥方なのへと零した苦笑であったが、
それもまた、どこか幸せそうな甘さが滲んでいると。
はてさて、お気づきな旦那様なんでしょうかしらねぇ?


  残暑お見舞い申し上げます




   〜Fine〜  10.08.30.


  *記録的に暑くても元気な人は元気だと。
(苦笑)
   そうそう、
   作品中に妙なエプロンが出て来ましたが、
   ホントにあるかどうかまでは知りません。
   でも、アニメやゲームに関係ないところからも、
   歴女ブーム目当ての商品はいっぱい出てますしねぇ。
   きっと奥様は奥州筆頭のファンだと思います。
   声が良くって、イッツ・バーリィ!が口癖で。
   刀を6本も使うんだぞと、
   重なりようが微妙な誰かさまへ、
   旦那様がややこしい嫉妬をなさいませぬように。
(笑)


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